(2)
(2)
HOME

ティーロード釜石峠の二本杉

真ん中が「ハイタサマ」

ここにティーロードの名が・・・ 味のある看板だ
  
登山口の案内板と道標

峠横の道標
静岡市葵区栃沢
釜石峠

二本杉
      大   小
目通り 2.5M 1.8M
樹高 15.0M 12.0M

皆さんはティーロードという言葉を
知っていますか?多分シルクロード
をもじったと思われますが、愛読の
峠のむこうへ」を見ていましたら載
っていましたのでやって来ました。
栃沢は鎌倉時代の栄西禅師(聖一
国師)の生地であり、中国から禅と
お茶を伝えたことで知られていま
す。
静岡でのお茶の発祥の地であって、
ここから中部日本や東日本に広ま
っていったのであろう。そこからティ
ーロードと名付けされたのであろう。
栃沢は以前シダレザクラややカヤ
を見るため5回ほど来ているが、こ
の先は初めてだ。
1.5qほど行くと道標があって、こ
こに車を止めて登り始めた。最初は


沢沿いの緩やかな道で、最後の
1/3位は尾根の急坂だ。木の愛
好家としては残念なことだが全山
スギ・ヒノキの植林帯で暗い山道を
進むが、間伐や枝払いが行き届い
て比較的気持ちのよい道だ。
峠に着くと2本の自生のスギが立っ
ていて、その根元に「歯痛地蔵」=
「ハイタサマ」が安置されている。
スギは思ったより細かったが登山の
記念に載せることにした。
この日は晴天であったが、峠の西は
風が強く寒かったので、少し東寄り
で食事をしたが、林間に細かくキラ
キラ光ものが落ちてきて、最初スギ
花粉? いや時期が早いし、何ん
だろうと思ったが、「かざはな」であっ
た。2・3日前からの冷え込みで、峠
では0度近かったのではないかと思
われる。

アクセス
登山口から登り1時間、下り30分位
である。道標沢山あり、1本道で迷う
ことはない。南の尾根は突先山、大
山への道で、東に下れば足久保の
奥長島へ。

2009,12,19撮影

寺島付近の尾根のモミ 

墓地の所から超望遠で撮す                                        根元

モミ付近の山道


四十一坂の西の登山口大下農道は台風15号で崩落、当面復旧の見込みは
ないので、中部電力の吊り橋を利用する他はない

分岐したアラカシ

赤沢の販売所(ふるさと茶屋)の所からもモミは
よく見えます(2009,1,27撮す)
静岡市葵区寺島付近
(山の名は不明)

モミ
目通り 3.0M
樹高 20.0M

以前から寺島付近から東の尾根に
見えるモミらしい木が気になってい
たので思い切って見ることにした。
何しろ道があるかどうかも分からず
木に近づけるかも分からない。
本線から1本入った農道を進み墓
地の所に車を止める。墓地の横の
茶畑を通りさらにもう一つ上の茶畑
にも登り進むとヒノキ林がある。そこ
に確かな道が付いていた。急坂を
登ると尾根に出て、そこに広い茶
畑があった。目指すは東の尾根だ。
ヒノキ林に道は微かに付いていて
雑木林に変わった。歩くと枝が邪魔
をするがかまわず進む。150M進ん
だであろうか、モミは立っていた。
まず太さと高さを確かめる。樹冠は
他の木が邪魔をしてよく見えない。
最近購入したCASIOの時計付き
高度計で高度を確かめる。約355
Mを指している。最近知ったことだが
モミには垂直分布があり静岡近辺で
は700〜800Mだ。もっと低い所に
も稀にあるが、このモミはこの基準
からいえば随分低い所にある貴重な
巨木と言えるだろう。
帰りは別な道があるのではないかと
茶畑を西に進む。300Mいった所が
端で下る道はなかったが、モノラック
が下に付いている。モノラック沿いに
微かな道を下れば途中で林道に出
るのではと考えたが一番下まで下り
てしまった。丁度真ん中辺の林に直
径10pほどの幹が15本ほどに分岐
したアラカシ(写真のもの)があった。
耕地の少ない山間では、このように
無理をして茶畑を広げざるを得ない
ようだが、広い茶畑を300M近いモ
ノラック1本で作業するのはさぞ大
変だろう。そういうお茶をそうとも知ら
ずに飲んでいる我々はたまにはそ
ういう苦労を知らなければならない
だろう。


アクセス
登り1時間位である。何とか行ける
が、道が分かりずらいので余りお勧
めはできない木だ。

2009,12,23撮影
古道 四十一坂(肱打峠ひじうちとうげ)を歩く
モミを見た後時間があったので、古道
四十一坂を歩くことにする。藁科川が
鍵穴方面で大きく蛇行しているので、
最短距離の四十一坂が作られたので
あろう。先の釜石峠登山の際「峠のむ
こうへ」のホームページの後半部分に
載っているものだ。その時も坂ノ上側と
坂本側で下調べをしたが、特に坂ノ上
側の登山口がはっきりしなかった。
坂本の橋の所に来ると、昔昆虫少年
だった頃にアイスキャンデーを買って
食べた店が、今はやってないが、私
より少し年輩と思われる主人が家の
前にいたので、50年前の昔話をした。
高校は町中まで自転車で通ったそう
だ。舗装してない道を1時間以上かけ
て通学したそうである。坂本も40軒ほ
どの過疎の村になってしまったが、口
から出てくるのはどこでも同じではあ
るが嘆きとも将来の村への心配とも言
えるものであった。四十一坂について
いえば、昔坂ノ上にお医者さんがい
て、夜病気になると提灯を頼りに峠を
越えて迎えに行ったそうである。想像
するに電話も懐中電灯なかった時代の
ことであろう。
坂本側の登山口には手製の道標が
あって直ぐ分かったので登り始めた。


お茶畑を横目に樹林帯に道はついて
いる。道ははっきりしているが、落ち葉
や枯れ枝が邪魔をして歩きにくい。地
元の人も殆ど歩かなくなってしまったの
だろう。50M少し行ったとき、直進の道
がはっきりしていたので進んだが、この
道は段々不鮮明になり何本にも分かれ
てしまった。これはどうもおかしいと感づ
いたがどこで迷ったかも分からないし、
歩く人が少ない古道なのでこんなことも
あるのかと思い尾根が見えたので這い
上がる。依然として不鮮明な道で少し
北に進んだが峠は見えないので南に
200M程進んだら峠に出た。そこに
「峠の観音」のクイがあり、2体の観音
様が安置されている。高度計では約
395Mを指していた。周りはカシやツバ
キなどの照葉樹林で展望はない。
栃沢の米沢家の老女が鎌倉幕府の役
人に献上する馬を引き渡したのはここ
であろうか? 2M幅の古道は反対側
の坂ノ上側に下っていた。こちらも相変
わらず荒れて歩きにくい。数百年人馬
が通った道の末路はこんなものであろ
うか?深田久弥の「滅びゆく峠」であろ
うか? 20分ほど下ると茶畑に出た。

坂ノ上側の登山口は大下農道の終
点に付いていた。
帰りも同じ道を往復する。往きに迷っ
た所は登り始めて直ぐの所であった。
直進の道がはっきりしているということ
は多くの人がここで迷ってしまうのだろ
う。道標が1つほしいものだ。
山を下りて複雑な気持ちになってしま
った。というのは、我々文明の恩恵に
あずかっているのは、高々ここ50年
位のものだ。その前は車もないし、電
気製品もなかった。藁科川を行き来す
る人も数百年この古道を歩いたり自転
車を引いたり馬にゆられたりしたはず
だ。今は川沿いの道は全て車道にな
ってしまった。古道が残されているの
はここだけであろう。「温故知新」という
言葉もあるが、先人の苦労を偲ぶ意味
でも、歴史の教材のためにも道を残し
てもらいたいものだ。そのための50万
100万の予算は取れないものであろう
か?

アクセス
登り30分、下り20分くらいである。

2009,12,23撮影
  
2カ所くびれがあるが左が肱打峠                  坂本の小公園の東屋
  
峠の観音様                          坂ノ上側の登山口付近の茶畑と大下農道
コナラ等を追加

コナラ
  
カゴノキ(ピンボケ)                  カゴノキ                  出来たばかりの林道(肘打峠南)

細い吊り橋近く大下農道に立つ観音様
左一番背の高いもの「庚申供養塔」の銘、天明。その2つ右「奉納○○」の銘、文政。
この一角にまとめられたようだが、江戸時代この辺藁科川奥も秋葉山の「秋葉みち」の
1つでもあったらしい※。「静岡県の歴史散歩」(P179)より ※川根へ越え春野辺りを通るコースか?
コナラ
目通り 2.5M 2本の幹周囲の合
      計
樹高 25.0M

今日は3回目になると思うが、肱打峠
にやって来た。最初は坂本側から峠
を目指す。今まで気が付かなかった
が登り始めて10分くらいの所に株立
ちしたカゴノキが2本立っていた。模
様が鹿の斑点のように見えるので目
立つ。神社などに植栽のものはよく
見るが小さいがこのように自生のもの
は比較的珍しいように思う。
その先しばらく上に写真のコナラが
立っていた。少し離れているが2本
の株立ちで恐らく1本の木であると思
われる。周りは暗い照葉樹林でこの


木も光を求めて上に伸び樹高が25
Mほどある、極めて樹高の高いコナ
ラだ。
峠に着き今まで南に行ったことはな
いので薄い尾根道を150M程行くと
突然出来立ての林道が現れた。峠
で引き返して茶摘みのご婦人に聞く
と坂本橋の近くから続いているそうで
ある。
その後坂ノ上に回りこちらから肱打
峠を目指す。途中大下農道の田植
えの済んだ脇に10数体の観音様が
立っていたので車を止めて見学する。
昔の「秋葉みち」の名残であろうか?

2011,5,13撮影
肱打峠の伝説(看板)を追加

今日は「道普請」のボランティアを兼ねて坂ノ上側から肱打峠を目指す。大下農道が2011年の台風
15号で土砂崩れで通行不能、中電の吊橋を渡らせてもらってのアプローチだ。案の定登山道は落ち
葉や枯れ枝の蓄積で荒れていた。また来る人も少ない様で私の推測では月に1〜2名だろう。峠に来
ると上記の真新しい看板が立っていた。以前一色にある「坂本姫」の石碑を造った「坂本愛郷の会」の
手による看板だ。自前で素晴らしい活動だが道は荒れており静岡の残り少ない「古道」に対し行政も
何とか力を貸してもらいたいものだ。       2013,3,22撮影・記

峠より坂ノ上側を撮す

峠から坂本側を撮す
アラカシを追加
今日も道普請のボランティアで坂ノ上
側の登山道を登る。肱打峠との中間
点にこのアラカシは立っていた。目通
り3.5M、樹高15.0M位であろうか。
2013,4,10

無双連山のクロマツ 
むそうれやま
   
 
直径1Mありましたが残念ながら枯死していました 


    
ここから未舗装となります               この道標の道は不鮮明です          尾根に付いた道です
  
殿屋敷にある徳山城址の看板



林道途中からの無双連山 重厚な感がする 
榛原郡川根本町無双連山

クロマツ 2本
目通り 2.5M
樹高 20.0M

最初にお断りしておきますが、この
木は本ページに載せなくてもよい
大きさですが、旅の記念に載せるこ
とにしました。
R362を上り杉尾辺りまで来ると、西
に連なる尾根が見えてきます。地図
をよく見ますとどうも無双連山のようで
す。思い出すのは今から50年程前
小学校5・6年生の頃、山好きの父
に連れられくたくたになって駿河徳山
に下りたことがあります。9月の頃で
畑に蕎麦の白い花が一杯咲いてい
たのが目に焼き付いています。どこ
をどう歩いたのかはさっぱり覚えてい
ませんが、その山がどうも無双連山
だったよいうな気がします。
1q位行くと二股に分かれ右に行き
ます。更に1q位行くとまた二股に
分かれるので右に行きます。もう1q
位行くとそこに無双連山線の看板が
あるので舗装のしてない右に行きま
す。しばらく行くと広場があり道が分
かれますが、車を止めて様子を見ま
す。すると何やら工事の音が聞こえ
てきましたので近寄るとダンプから人
が下りてきました。50才位の方で、
自分の土地に将来木を切り出すため
に林道を造っているとのことです。富
士城の方で、無双連山の登山口を

聞くと500M位先に道標があると教え
てくれました。徳山城のことを聞くと、
すらすらと城主の名を言い、こんな山
奥で戦いがあったとは信じられないと
言うと、富士城にも出城があって「護
応城(ごおうじょう)」といったそうです。
なかなか博識な人です。ブナはあり
ますかと聞くと、私は見なかったが山
頂の西300M位にあるそうです。勤
めにも出ているようで、今日は休みな
のでしょう。察するに、人を頼んで木
を切ると採算が合わないので、ユンボ
の操作など技術のある人は自分で切
り出しトラックに積んで岡部町にある
材木市場まで運ぶそうです。林道も
自分で作れば安上がりということでし
ょう。でも誰でもできることではありませ
ん。
その後無双連山を目指しましたが、最
初の道標を何故か見落とし、2つ目の
道標の所から登りましたが、最初から
不鮮明で微かな踏み跡を辿ります。尾
根に出てしばらく行くとクロマツがスギ
林の中に5〜6本立っていました。最大
のものは直径1Mありましたが、膚が剥
げこれはどうも枯死していたようです。
清水砦の下です。殿屋敷まで行きまし
たが、まだ先が長いようなので諦め戻り
ました。

アクセス
R362から林道を登山口まで30分。登
山は殿屋敷まで30分位です。道はしっ
かりしています。

2009,12,27撮影





坂ノ上のモミ 
さかのかみ
       
 モミ1(光線=西日の関係でいやに赤茶けて撮れてしまった)               中央橋からみるモミ?(超望遠で撮す)
  
  モミから5Mの自生のカヤ                    峠の石塔(裏にお稲荷さんもある)        石塔横の自生のスギ  近くにツガもあった   

最近枯れ死したクロマツ

稲荷近くのツガ 根元で2本に分岐
(2010,3,10撮影)
静岡市葵区坂ノ上

モミ
目通り 2.5M
樹高 20.0M
このモミも標高約275Mとかなり低い
所に生えている

坂ノ上から尾根上に見えるモミらしい
木が以前から気になっていたので、思
い切って見ることにした。
中央橋を渡り尾根に一番近そうな場所
に車を止める。茶畑の脇に道が付いて
いたので登り始める。茶畑が終わるとス
ギ・ヒノキ林となるが、意外や道は1.5
M程の広い道がつずく。将来木を切り
出すために造ったと思われる。15分ほ
ど登ると峠がありお稲荷さんが安置さ
れている。横に目通り2.5M程のスギ
が立っていた。また15M程離れた所
に二股のツガが立っていた。ツガとして
はかなり低標高だ。
ここから広い道を離れ巻き道を進むと
また1M程の道にぶつかる。この道は
尾根に付いていた。道が不鮮明にな
ったので藪の中を巻いて進むと1.5M
の広い道に再び出た。この道を進むと
道は終わっていた。
そこから再び藪の灌木帯を尾根に向か
って進むと枯れ死したクロマツがが立っ


ていた。目通り3.0Mはある。このすぐ
側にやはりクロマツと思われる倒木が
朽ち果てていた。
藪の間から目指すモミらしい木を捜す
が藪に遮られて分からない。どうも登り
すぎてしまったのかと思い、藪とヒノキ
林の境界近くを下り始める。しばらくす
ると微かな踏み跡があったのでどんど
ん下ると最初に登った1Mの道に出た。
とうとう見つからなかったので1M幅の道
を下りると舗装した林道に出た。後から
考えるとモミらしい木は尾根ではなく少
し下の斜面にあるのかもしれない。
車の所まで戻り、今後の見学のためのル
ート探しにこの林道を進むと地元の男性
が歩いてきたので、尾根のモミ?を聞くと
見たことはないという。逆に30M程離れ
た所の木はカヤですか?と聞くので、モ
ミですよと答える。男性と別れた後この
モミを見学すると意外に太かった。また
すぐ側に自生のカヤが立っていた。
残念ながら今日は空振りであったが、ま
た機会を見つけて挑戦できればと考え
ている。

アクセス
写真のモミは中央橋から10分くらいの
所に立っている。

2010,1,2撮影
林道大平見線のモミ

モミ2
静岡市葵区坂ノ上
林道大平見(おおだるみ)線  

モミ
目通り 4.0M
樹高 25.0M
坂ノ上の尾根のモミを探しに2度目の
見学に訪れた。
今日から2〜3日冬型の気圧配置に
なるとのことで、風が強く、藁科川の
中流まで来ると、「かざはな」が舞い
だした。坂ノ上までくると、茶畑の上
にうっすらと雪が積もっていた。
前回カヤとモミを見た所の山道を登り
始める。最初はヒノキ林で踏み跡は
薄いが辿りながら登る。その先はコナ
ラなどの落葉樹とカシなどの常緑樹
が混じる灌木帯だ。ここにもかすか
な踏み跡があり進むが、途中で道が
巻き道になって分かれたりする。どう
も獣道らしい。それほどひどい藪では
ないので高度計で約480M付近ま
で登ったが、藪で視界が効かずとうと
うモミを発見することはできず断念し
て引き上げた。
昼食を取った後、前回来たとき、地元
の人から聞いたことだが、この林道が
5qほど続き突先山の近くの尾根まで
延びているとのことで行くことにする。
周りは全山スギ・ヒノキのそれは見事
な?植林帯だ。
丁度真ん中辺りに来たときであろうか、
道路脇にやや広い待避所があってそ
こに大きなモミが立っていた。直径は
1b以上ありなかなか立派なモミだ。
高度計は≒540Mを差していた。藁
科川水系でも1、2の大きさであろう。

アクセス
坂ノ上より車で20分位。

2010,1,13撮影

3度目の挑戦で尾根のモミを遂に見る 

モミ3
      
枯れたマツ近くのモミ4 4M離れて2本あり、いずれも目通り2.0M            モミ3から10Mの根元で分岐したアラカシ、根回り3.0M

モミらしきものが5本見え、今回見たモミ3は一番右のものと思われる。
私が見たいのは中央橋から見える左から2番目のものだが・・
  

ただ1本あったヒメシャラ。目通り1.5M
樹高10.0M。標高は≒495Mを指していた

尾根は幅が広くこんな藪の少ない平らな灌木のところもあり
ました。比較的細い木が林立しています。
モミ3
目通り 3.0M
樹高 20.0M

モミ4 2本
目通り 2.0M
樹高 15.0M

尾根のモミをどうしても捜したくて3回
目の挑戦を行う。前回のルートから小
さな沢を隔てた右の尾根に取り付くが
こちらは踏み跡がほとんどなく、ヒノキ
の植林帯を適当に進む。
30分位歩いたであろうか、カシやコナ
ラが混じる灌木帯になり、更に上を目
指す。道は全くない。かなり尾根に近
くなった所に、大きなモミが立っていた。
直径は約1Mだ。高度計は約505M
を指していた。苦労しただけあって、や
ったという思いであった。10M離れた
上に分岐したアラカシが立っていた。
ここからやや斜めにトラバースして尾
根に出た。高度計は約530Mを指し
ていた。広い尾根を下ると最初に見た
枯れたマツがあり、そのすぐ側に2本

のモミが立っていた。このモミも下から
見えるモミであろうか?
灌木帯とヒノキの植林帯の比較的藪
の少なそうな境を下りる。そこにこの山
で初めて見るヒメシャラが立っていた。
太くはないが真っ直ぐに伸びたヒメシャ
ラだ。高度計は≒495Mを指している。
ヒメシャラとしてはかなり低標高と思われ
る。
更に進むと薄い踏み跡があり、前回下
った道に出合うことができた。

アクセス
今回のルートは全くと言っていいほど
道がないが、ひどい藪ではないので
何とか歩くことができた。標高差で20
0M位であるが、モミ3まで1時間位は
掛かった。

2010,1,27撮影


モミを更にもう1本発見 

モミ5
モミ5
目通り 3.0M
樹高 20.0M

今日も中央橋から見えるモミ?を探
しにやってきた。
最初に歩いた尾根のルートを進む。
結論から言うとそのモミ?は見れな
かったが、尾根のかなり上のヒノキ
林に大きなモミが立っていた。この
辺りはヒノキ林にはっきりした山道
が付いている。今日は生憎高度計
を忘れてしまったが、600Mは越え
ているであろう。※
それにしても中央橋から見えるモミ
?は一体どこにあるのであろうか。
近くまで来ると藪に遮られて所在が
全く分からなくなってしまう。

2010,2,3撮影
※2/10尾根の道を辿って、中央
橋から見えるモミ?を探すため5度
目の挑戦をしたが、今回もとうとう見
つけることはできなかった。その代
わりモミ5の標高が≒575Mである
ことが分かりました。





7度目の挑戦で中央橋から見えるモミ発見!しかし余り大きくはなかった

モミ6 根元はなかなかの風格があります。幹は途中から2つに分かれますがほぼ着いていて連理といえる。
モミ6
目通り 2.1M
樹高 20.0M

空振りの2/24に続き、中央橋から
見えるモミ?の7度目の挑戦を行っ
た。
今日はモミ1の所からいつもの急坂
を登り、ヒノキ林になった所で右に
行かず左に巻いて進んだがモミは
見あたらずいつも登る尾根の急坂
の所に出た。標高は430M位だ。
前回モミのある所を対岸の山から
目線で追って大体450M〜500M
の間にあるのではないかと目星を
付けたので、モミはここより上にあ
ると確信し、尾根を登る。前に見た
尾根にあるモミ4の所から藪を下に
向かって20Mほど下る。更に進路
を東に取り獣道を使いながら巻いて
進む。150M位進んだであろうか、
藪から透かしてモミを探すがそれら
しい木は見つからない。今日も駄
目かと諦めて尾根に戻る途中に、
林間に大きなモミが見えた。ひょっ
として今まで見たモミではなかろう
かと根元に近づくと確かに見たこと
のないモミだ。しかしもっと大きいの
ではないかと思ったモミが意外と小
さかった。中央橋から見えるモミは
確かに大きく見える。しかし木の見
学を重ねていると大きく見える木も

根元に来ると意外に小さなことも何
度かあった。周りが灌木であるとい
う中央橋から見える特徴を考えると
このモミが確かにその木であること
には間違いないだろう。ここから斜
め100M下にモミ7が見えたが今
日の見学は断念した。ここが尾根
のどの位置に出るだろうかと斜め
に50Mほど巻いて尾根に出た。
そこは以前昼食を取った所であっ
た。そこからモミを見るとモミの頭が
微かに見えるが大きなモミにはど
うしても見えない。これが今まで近
くに来てこの木を見落とした原因で
あった。
モミ7がもう1本未見学であるが、今
までの見学を振り返ると、尾根の近
くで計5本のモミを発見したが、何
故こうも難航したかといえば、1つは
尾根が広いこと、2つは下から見る
と尾根にあるように見えるが実際は
50M〜100M下であること、3つは
道が獣道しかないこと、4つは藪で
あること(夏は葉が生い茂り発見は
もっと困難であろう)である。
何故こうもして樹木の見学をするの
であろうかと来る度に自問自答して
しまったが、思い出すのは山好きな
父がやはり藪漕ぎが結構好きであっ



たことであった。人生に例えるなら
ば、「人生とは羅針盤のない航海
である」という諺もあるが、自分の人
生もそんな気がする。藪を漕ぎなが
ら獣道を辿ったり、昔の微かな山道
を見つけたり、自然と人間の微かな
営みや痕跡を見いだすことができ
た。
それと私はこの尾根道が結構気に
入ってしまった。それはこの1q弱
続く尾根が雑木林でもほぼコナラを
主体とした林であることだ。所有者
はどうも北の栃沢の人らしいが、な
ぜ植林せずに残したのか?将来シ
イタケのホダ木をとるためなのか?
分からないが、殆どの山がスギ、ヒ
ノキで植林された現在貴重な林で
あることだ。今は落葉で明るいが、
夏は葉が生い茂って暗くなってい
るのであろうか?その頃もう一度来
てみたいものだ。


アクセス
モミ4,5は尾根にあります。
モミ3,6,7は尾根から50M〜100
M下の藪の中にあります。発見はか
なり困難です。
大体1時間位で到着するでしょう。

2010,3,3撮影

2010,3,10。8回目の挑戦を行う。
ヒメシャラ近くにもうヤマツツジが淡い
朱色の花を咲かせていました。春もも
う間近です。

稲荷の所から尾根の北に延びた幅広の道を進みます。大分上の尾根に近い所に来ると尾根の灌木から北斜面に生えたスギ林に
光が差していました。昨夜の雨で濡れた地面に一条の光の陰影が映し出されそのコントラストが綺麗でした。(2010,3,10撮影)


芽吹きの坂ノ上の尾根道

やや淡い色のヤマツツジ

濃いめの色のヤマツツジ

蕾のヤマツツジ

多分トウゴクミツバツツジ

モチツツジ

今日は40日ぶりに尾根にやって来た。もう坂ノ上では新茶の刈り取りも
済んでいた。尾根を登ると芽吹きの真っ盛りでコナラも小さな芽を付けて
いた。今日はお遊びでツツジの花をお楽しみ下さい。赤系のヤマツツジ
は既に散ってしまったもの、咲いているもの、蕾のものなど色々です。紫
系のトウゴクミツバツツジ、モチツツジ結構咲いていました。
2010,4,21撮影


楢尾のスギ
  
東側から撮す                              西側からの根元近くの写真



50M先に前回見たヤマザクラが立っていた
静岡市葵区楢尾
地図は先に記載の楢尾のヤマザクラ
を参照下さい

スギ(自生)
目通り 4.5M
樹高 25.0M

坂ノ上のモミの見学の後、時間があっ
たので楢尾に向かった。
私が見たかったのは、先日崩野の帰り
に対岸越しに見えた楢尾のスギらしい
大木だ。それも2本見えた。
楢尾に来ると道路脇には5pほどの雪
がつもり、しきりに雪が降っている。が、
道路は除雪してあるのかノーチェーン
だ。
対岸で見たとき場所がどの辺か全く分
からなかったが、最初の集落を過ぎ、
次の1軒家の上にそれらしい大きなス
ギが見えた。その民家の上に道が付
いていたので登ると、脇道の車道に出
た。そこから15M上にスギが立ってい
た。最初はそれほど大きいとは見えな
かったが、根元によると、幹が楕円形
で広い幅は1.5Mあり、なかなか立派
なスギであった。木の形からして自生
と思われる。
この木から更に200M程先の左下の
尾根にもう1本のスギの大木が見えた
ので向かう。近くに車を止め捜すが、
木に遮られて分からない。道も雪に覆
われてスニーカーなのでこれ以上は
無理と判断して断念する。
ここから50M程歩いたら以前見たヤマ
ザクラが雪の中に立っていた。

アクセス
楢尾の2つ目の集落(1軒家の裏山)

2010,1,13撮影

林道日向線のモミ
  
モミ1                          モミ2

ヒメシャラ
静岡市葵区湯ノ島
林道日向線

モミ1
目通り 3.0M
樹高 20.0M
モミ2との距離は約10M

モミ2 
目通り 2.7M
樹高 20.0M

ヒメシャラ
目通り 2.0M
樹高 15.0M
ヒメシャラとしては最大級だ

昨年11月能又川方面から馬込に
行く道はないだろうかと歩いていた
とき、偶然日向線があることを知っ
た。この林道は舗装してあるものの、
幅は狭く勾配が急で、軽では少々
きつい。
その時、途中でトラックで山を下っ
てきた湯ノ島の農家の方と話がで
きた。昔は馬込に行く山道もあった
ようだが、今ははっきりしないという。
このモミはその時発見したのであっ
たが、生憎カメラを持っていなかっ
たので改めて訪れた。標高は≒54
0Mを指していた。
帰る途中、道が大きくカーブした所
に大きなヒメシャラが立っていた。ヒ
メシャラにしては、横に枝を張り、し
かも幹の膚が古木のように捻れてい
る。標高も≒470Mと極めて低標高
の所だ。 

アクセス
R60より30分位の所だ。

2010,1,27撮影

樫の木峠〜夕暮山付近のモミ、ヒノキほか(再訪問) 
   
峠のモミ1                         モミ2 このように二股のモミは珍しい
    
ヒノキ                                左からモミ4、コナラ、アカシデ2が固まってある(大王にて)
   
クリ(一見ミズナラに見えたが・・・)                        アカシデ1

モミ3                        樹種不明                         ブナ
・                      (肌は滑らかだ、カエデの仲間か?目通り1.6M、大王にて)                            

萩多和城址碑文 よくは分からないが、南朝の徳山城の敵を北朝の今川の家臣が、ここ萩多和城と富士城の護応士城で打ち破ったと書いてあるようだ。この
碑は勝った側の言い分のみ載せてあるが、負けた側はどうなったのであろうか?南朝の後醍醐天皇は失意のうちに亡くなったようであるが・・・。
※歴史の好きな人は「静岡見て歩きー駿河の今川氏ー」をご参照下さい。2代目今川範氏のことや土岐氏(鴇氏)のことも書かれています。
  
真新しい道標              尾根の途中から見えた林道一本杉線      夕暮山頂から少し下から見る天狗石山
・                                                  手前の木はキハダか?(目通り1.2M)
静岡市葵区樫の木峠〜夕暮山付近
再訪問。以前のページは安倍奥に
載せましたが、今回は藁科川水系に
掲載します

モミ1
目通り 2.7M
樹高 25.0M
以前来たときよりも大きくなったかもし
れない

モミ2
目通り 3.0M
樹高 25.0M
この木は以前気が付かなかった

モミ3
目通り 1.6M
樹高 15.0M

モミ4
目通り 1.8M
樹高 15.0M

アカシデ1
目通り 2.3M
樹高 20.0M

アカシデ2
目通り 1.6M
樹高 15.0M

ブナ
目通り 1.6M
樹高 15.0M
含めて3本あり

ヒノキ
目通り 2.7M
樹高 25.0M
以前来たときよりも大きくなったかもし
れない


昨秋崩野や智者山林道に来たとき
東に目立つ2つの峰が見えた。その
1つが天狗岳の様だ。道は2006年
に訪れた樫の木峠からあるらしい。
来てみるとこのダートで長い林道は
以前のままであった。最後の茶畑を
過ぎた所の路端に以前はなかった
碑が建っていた。車を止め見ると萩
多和城址の碑であった。南北朝時
代こんな山奥で徳山城と今川の武
士が熾烈な戦いをしたようだ。
造成中の一本杉線を過ぎ頭ほどの
落石をよけながら進むと樫の木峠に
着いた。モミやヒノキそして以前見
た石仏はそのままであった。以前
同定に迷ったヤマツツジは切られて
いたようだ。そこに大きな真新しい
道標が設置され、夕暮山との小さ
な道標があり、以前気が付かなかっ
たはっきりとした山道が付いていた。
今日はこの山道を取り敢えず夕暮
山まで行くことにした。
最初は急坂のヒノキ林でその先は
比較的なだらかな尾根道がつずく。
最初のピークの急坂の所に多分ア
カシデの巨木があった。もしアカシ
デとすれば今まで見た中で最大だ。
3つ目のピークの所にブナが3本立
っていた。私のこの山の目的がブナ
はあるだろうかということであったが、
ヒノキ林の中に僅かに見つけること
ができた。注目して歩いたがブナは
ここだけであった。ここにはモミ3も
立っていた。
尾根を引き続き歩くと夕暮山の山頂
にたどり着いた。ヒノキに覆われた
何の変哲もない山頂だったが、東に
下りる道がありこちらは自然林で感
じがよかったので少し下った所で昼
食とする。林間から西に天狗石山が
見えたが、七ッ峰は見えなかった。
自然林が続きその先に小高い丘の
様なピークが見えたので今日はそこ
まで行くことにした。丘まで来ると木
に大王という道標が付いていた。そ
の林に姿形のよい木が見えたので
近づくとクリであった。20M程離れ
た所に3本の大木が見えた。モミ、
アカシデ、コナラであった。この尾
根を更に行けば天狗岳であるが今
日はここで引き返すことにする。
帰りは玉川方面の川島に下ったが
こちらも頭位の落石が多かった。
川島に来ると路端に店があって、家
の裏に大きなスギが立っていた(目
通り3.0M、写真未撮影)。すると
川の方からミソサザイの綺麗な囀り
が聞こえてきた。こんな所にもいるの
かと感心してしまった。

アクセス
峠から夕暮れ山まで40分位です。
危険な所はありません。

2010,3,17撮影

栃沢のクスノキ
静岡市葵区栃沢
地図はティーロード釜石峠の二本杉
をご覧下さい

クスノキ
目通り 4.5M
樹高 10.0M
樹高は低く、ずんぐりとしたクスノキだ。
樹齢は意外と経っているのかもしれな
い。

坂ノ上の尾根のモミ5付近より下る道が
栃沢に下るのではないかと予想はして
いたが実際歩いていないので、今日は
歩いてみることにする。尾根に付いた
道で20分ほどで下ってしまったが、栃
沢に来てみると、民家近くにこのクスノ
キが立っていた。クスノキとしては決し
て大きくはないが、楕円形の幹で広い
方は直径2.0M位ある。また4.0M
位上で幹が連理となっている。

2010,4,21撮影

大間手前寿橋のホウノキ
静岡市葵区大間
寿橋(大間より500M手前)

ホウノキ
目通り 1.5M
樹高 10.0M

湯の島をとおって県民の森に行く途中
寿橋の袂にこのホウノキは立っている。
ここを通る度に見てはいたが今回写真
を載せることにした。
周りは全山スギ、ヒノキの植林帯である
が、この沢の周りだけは僅かに植林は
されておらず見落とすことはないであろ
う。静岡辺りではこの位のホウノキは少
ない。

2010,8,4撮影 

赤沢のマルミガヤ?



落ちていた実 この木のは丸い、楕円が多いと思うが・・
この中にアーモンドのような食べられる種子がある


静岡市葵区赤沢

マルミガヤ?(コツブガヤ?ともいうらしい)
目通り 3.0M 実測値
樹高 10.0M
雌株。実が小さくて丸い

ふるさと茶屋に立ち寄りふと山側の茶畑
の先を見るとやや大きめの木が目に入っ
た。多分カヤだろうと近寄ると正しくカヤ
であった。それも意外と太い。根元には
小径が付いている。樹高は低いが枝が
左右に広がりしかも枝垂れていてなかな
か風情がある。
カヤの実は9月頃なって落ちる。根元を
捜してみると余り多くはないが所々に落
ちていた。しかし実は丸く大きさは少し
小さいように感じた。学問的にはよく知ら
ないが図鑑に時々出てくるマルミガヤ?
(東北地方に多いらしい)という種類かも
しれない。
この道も何十回と通ったが樹高が低い
せいか今まで気づくことはなかった。

2010,9,29撮影

アクセス
道路から50M入る

蛇足

この実何だと思いますか?
カヤの見学の後、八草から智者山林道
までを歩きました。丁度真ん中辺りの山
道に少なからず落ちていました。大きさ
は長さ100ミリ(図鑑では100〜150ミ
リとなっています)、最大幅38ミリ、松ヤ
ニの臭いがします。かなり大きいです。
私も初めて見ました。(この実から芽が
出てあんなに大きな木になるのでしょう
か?)
答え→モミの球果

上杉尾のヤマザクラ
かみすぎお
静岡市葵区上杉尾

ヤマザクラ
目通り 4.5M 実測値
樹高 20.0M

智者山林道によった帰り上杉尾
を抜けて藁科川に下りることにし
た。
この林道は2回ほど通ったことは
あるが、暗いし細いし注意を要す
る。
途中の別荘分譲地を過ぎしばらく
下った路端にこのヤマザクラは立
っていた。樹齢が古いのかビッシリ
と苔を付けて皮目が全く分からな
い。
機会があれば4月10日頃と思うが
満開のサクラを見てみたいものだ。

2011,9,8撮影

アクセス
丁度林道の中間点辺りです
茶畑付近は拓けて展望もよいの
ですがほかはスギ・ヒノキの暗い
植林帯です

水見色のスギとクロガネモチ
 
スギ                                    クロガネモチ

案内図の一部を切り取りました
静岡市葵区水見色

スギ
目通り 3.0M
樹高 10.0M
個人所有の墓地と思われる所

クロガネモチ(多分)
目通り 1.8M
樹高 7.0M
じゅれい100年以上。勝山さん宅

今日もヤマセミ狙いを兼ねてやって来た。
生憎ヤマセミは見れなかったがカワガラ
スの飛翔を1回見た。水見色は久し振り
だが、この項で高山市民の森に行く途
中のヤマザクラを紹介して以来の訪問
である。
水見色に来ると道端に大きな案内図があ
り行く先を選定する。バス終点近くのスギ
とそこから入った宝蔵寺の宝篋印塔を見
ることにした。
スギの場所は直ぐ見つかった。個人所有
の墓地を守る様に立っていた。その後宝
篋印塔を見て下ってくると生垣の奥に盆
栽風の木が見えた。車を止め見るとどうや
ら肌が白くクロガネモチのようだ。家の人
はいないかと見回すと道路の反対の作業
場で木材の加工をしている人が、尋ねる
と家の方で勝山さんという。勝山姓は水
見色には多い姓だ。約90年前祖父に
当たる人が山から採ってきて植えたそう
だ。樹種はこの辺では「イヌモチ」と言うそ
うである。常緑なのに殆ど葉が付いていな
い。聞くと夏はものすごく葉が茂るので今
の時期このように摘むそうである。それに
してもこんな姿の”クロガネモチ”は初め
てだ。

2012,3,6撮影には

(2)
HOME